審査委員の専門性を不採択の理由にしていませんか。

審査委員の専門性より申請書の書き方が課題

 補助金の不採択を審査委員の専門が違うことのせいにしている先生が多いような気がしたので、私の考えをまとめてみました。
 ある先生は公表されている審査員の専門が異なることをあげ、審査員が悪い、申請内容が理解されていないと憤慨していました。しかし、申請書を拝読すると、技術は確かに社会実装に向けA-STEP(育成)申請には良いステージと思いましたが、書き物としては申請書の体をなしていません。怒る前にやるべきことは多そうでした。
 加えて、この先生の怒りの半分は先生のせいですが、残りの半分はCD/URAのせいかもしれません。CD/URAが申請書の書き方への支援ができないために、審査委員の選定が悪い、仕方ないと言っている節もありました。こうした環境に置かれると改善に向かう探索ではなく、審査への不満が増大する方向に流れることが多いように思います。限りある研究者人生において、自分の専門に合致した審査委員の登場を待つなんて人生の無駄でしかありません。JSTだって研究領域が見渡せないくらい広いことは百も承知で審査委員をアサインしているはずです。技術がすべてではありません。その技術でどのように社会課題を解決するのか、どのように説明するか、は申請者に求められているのです。現にA-STEPの公募要領には選考の観点が公表されているではありませんか。他の補助金も同様と思います。他責にしては何も解決しません。

客観的な不採択申請書の分析が次の採択につながる

 私が補助金申請書作成支援を行う際には、客観的と思われる現状を分析し、先生にお伝えすることから始まります。耳の痛いことも多いと思いますが、これを超えずに採択はナイと断言できます。今すぐに考え方を変え、出口のないトンネルからは出た方が良いと思います。CD/URAも同じです。一瞬は恥ずかしいこともあるでしょうが、知らなかったことは仕方がありませんし、できるようになります。ただ時間をかけても無駄なので、例えば選考の観点に合わせてどう表現するか等は、実績のある専門家を交えて相談した方が早いことも事実です。身近な関係者は正直なフィードバックを行いにくいからです。
 最後にもう一つお伝えしておきたいことは、不採択の際に評価が良かったのに落ちた、次点だった、と自分たちの努力を認めようとするケースです。ハッキリ書きますが、改善が進まないので大抵は来年も落ちます!評価が良いとは次回の採択を約束されるものではなく、来年も再来年も次点のままでしょう。例えば10件採択されるとき、どんな集団にも上手な10人はいて、11番目の人はずっと11番目、レギュラーにはなれないのです。後から入ってきた下級生の方が上手くてレギュラーをとり、上級生になってもずっと補欠などという話はたくさんあると思います。これが3年4年と不採択が続く先生、ずっと採択が続く先生の違いです。自分が変わらないと絶対に解決できないのです。

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